2017年8月26日に、10年ぶりくらいに飯岡を訪ねた訳ですが。
その後の嶋田釣具店ご主人の消息を知ることができました。
「飯岡町・ロケ地探訪 Cブロック」のページにも追記を掲載しましたが、ここではより詳しくご報告します。
玉崎神社前の菓子舗「辰野本店」さんからお聞きした情報です。
2011年の震災の折には、ご家族全員無事ではありましたが、その後程なくして、
「親御さんを相次いで亡くして……」
とのことでした。
ご主人の名前を出して再確認したところ、やはり亡くなられたのは、ご主人と奥さんのことのようでした。
現在、ご家族は高台の方に引っ越しされているとのこと。
辰野本店さんからは、大まかな場所についての話題を出してもらえましたが、あえて具体的な場所までは訊きませんでした。
本当はせめて線香の一本でも……と思いましたが、これまで散々お邪魔させていただき、この上さらに押しかけるようなことはできない……と思いました。
ご家族の了承も無しに、他の人から場所を聞き出すなんてことも控えたいですし。
ただ目を閉じて、心の中でご冥福を祈らせていただきました。
手元に残された、幾度にも渡る訪問時の、嶋田さんやご家族との写真は、もう二度と帰ってはこない往時をしのばせる宝物となりました。
ツーショット写真を撮ったり、満面の笑顔でメロンをごちそうになったり、秘蔵のスタッフ&キャストの色紙や当時の記念写真、台本を何度も見せていただいたり、そしてメロンをごちそうになったり、一緒に訪問した仲間たちと居間で集合写真を撮ったり、かつメロンをごちそうになったり。
1997年か98年頃の写真、それから最後に訪れた2006年の写真を改めて見比べると、ご主人と奥さん、確実に年齢を重ねていったことが伺えます。
具体的な年齢をお聞きしたことはありませんでしたが、戦前、中国の青島にいたことがあるとか。
考えてみれば、そのくらいのご高齢だったのですよね。
わたしが中国に滞在していた期間、その話を聞いていたこともあり、青島へ出向いた時はその風景を写真にとり、帰国後にお渡ししたような記憶があります。
時というのは、ゆっくりと確実に、しかし思いのほか早く流れてゆくものですね。
このファン・サイトの「飯岡町・ロケ地訪問」ページも、いつの日か、ロケ地訪問用としての資料よりも、『打ち上げ花火』撮影時(本編内の風景)と各年代ごとの風景、そして現在の飯岡町を比較するための、「在りし日の飯岡町」を伝える形に重心をシフトしてゆくのかもしれません。
(このサイトが発足した20年くらい前から「飯岡駅」や「安曇医院」等、その傾向は始まっていましたが、歳月を重ねるごとに、徐々にそちらの方向へ傾いてゆかざるを得ないのかもしれません)
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