雑記|打ち上げ花火Personal Fan Page

カラオケで「Forever Friends」を歌ってきた

てなことで、ちょっくら歌ってきました、「Forever Friends」。

この瞬間を、わたしは20年くらい待った!
金輪際、カラオケで配信されることは無い、とずっと諦めていたのに。
もう一回いうよ、
「ありがとう、JOYSOUND! ありがとうDAOKOさん!」

JOYSOUND「Forever Friends」

結局、4回も歌っちゃいましたよ。
そりゃあね、ずっと歌いたかったもんね。
さすがに他の歌の合間に、でしたけど。

1回目は、まあ練習のつもりで。
と言っても、日頃たまに口ずさんでいたし、歌詞も意識せずとも、すらすら出てくるし。

2回目は、ちょっといい感じで(当人比)。

3回目は、さすがに声が枯れてきてた……。

4回目、最後のひとふんばりとして熱唱!
マイク無しの女ジャイアンここに在り、いえい。

ほぼ、ヒトカラに近い状態だったので(一緒に来た旦那は、iPadをずっといじってた)、
カラオケ屋さんから出る時はしわがれ声と成り果てておりました、とさ。

カラオケりれき

カラオケで「Forever Friends」が歌える!

悲願成就!

ありがとうJOYSOUND!
ありがとう岩井俊二監督!
ありがとうアニメ版のスタッフさんたち!
ありがとうDAOKOさん!

カラオケ「JOYSOUND」にて、「Forever Friends」が配信されているのを発見しました!
さすがJOYSOUNDです!
JOYSOUNDは、「これが歌いたいのに、他のカラオケには無い……」という曲をいつも配信してくれる、かゆいところにすっごく手が届くカラオケです

管理人は、カラオケへ行く時はほぼ必ずJOYSOUNDを指定しています。
これでますます、他のカラオケを指定する意義が無くなりますね。

思えば……。
実は2008年あたりに、一度はJOYSOUNDの投票システムに載ったことがあるのですよ。
200位以内にランクインすれば配信決定だったのですが、当時の必要票数は8000票。
しかし「Forever Friends」は、1000票に満たない状況のまま、投票期間が終了してしまいました。

これを逃すと、もう二度とリクエストできません。
わたしは頑張って投票してましたが、無念の涙を流す結果となりました。
現在は、その投票システム自体が廃止になっています。

あれから9年……。

ここで奇跡の配信が!
感謝の歌声を、JOYSOUNDへ思いっきりぶつけます!!

てなことで、わたし、ちょっくら歌ってきまーーーす!

2017年8月26日、飯岡へ その1(変化した場所)

長い間ずっと着手できないでいたこの「打ち上げ花火Personal Fan Page」のリフォームを断行しよう、と決定したその瞬間から、
11年ぶりの飯岡訪問をしよう、と決めました。

いや、正確に言うと、アニメ版の存在を知った時から、「少なくとも6月か7月には行こう」と本当は思っていたのですが。(その時期、そんな余裕、とてもありませんでした……)

津波後に更地となってしまった嶋田釣具店跡地を実際にこの目で確かめよう、と覚悟を決めた瞬間でもありました。

8月26日、土曜日。
今回の目的は、
「主なシーンをいくつかピックアップし、登場人物たちの立ち位置をより精密に調査しよう」
ということで、事前に、本編のスクリーンショットを撮って、iPadに入れ、持参。
昔はこんな便利な機材は無かった……。

カメラは、仕事にも趣味ごとにも大活躍してくれている、これ。
OLYMPUS PEN E-P5
 ……一眼レフに比べて小さく、取り回しが良い。そして性能も良い。
レンズ:M.ZUIKO DIGITAL 17mm F1.8
 ……とても汎用性が高いレンズ
レンズ:M.ZUIKO DIGITAL 45mm F1.8
 ……近接撮影で威力を発揮

飯岡町のロケ地めぐり(聖地巡礼という言い方は、あまり好みじゃないっす)では、すでに全ての場所を幾度にもわたって写真におさめてきていましたが、最後の訪問から11年も経過していますし、同じ風景でも経年による変化は必ずあります。
WEBサイトで公開しないまでも、それらすべてを逐一、資料として撮影しておこう、と。

飯岡町・ロケ地探訪」のページでも言及していますが、ドラマの撮影に使ったレンズとは違うので、どうしてもアングルや遠近感に相違が出てしまいます。
が、それは仕方ないこととしてとにかく撮影。

アニメ版が公開中ですし、もしかして他にもロケ地めぐりをしている人たちがいるかも、という期待もありましたが、それらしい人たちはちっとも見当たらず、残念。
と思っていたところで、「見るなよ!」の場所でようやくお仲間に遭遇できました。
あれは嬉しかった!

ネットで調べたら、実は他にもこの日にロケ地めぐりをしていた人たちは存在していたようです。

ここに、2006年から変化があった場所をリストアップします。
飯岡町・ロケ地探訪」の各ページでも言及しているものもあります。

  • 「遠いよー」のあぜ道:道の駅がどど〜んとできていた。けどあぜ道も半分くらいは残っている。
  • 「遠いよー」のあぜ道:すぐ横に、バイパスっぽい道路が通ってるんだけど……こんなの、以前はあったっけ?
  • 三川小学校のプール:フェンスが無くなり、代わりに白く塗装された金属製の塀に変わっていた。
  • 三川小学校のプール:プールは使用されなくなったようで、水が緑に濁っていました。
  • お祭りの場所(いいおか潮騒ホテル前):津波対策と思われる、白い防波堤ができていた。
  • 飯岡荘:いいおか潮騒ホテルとしてリニューアル。くすんだ壁が、きれいなオレンジ色に変わっていた。
  • 嶋田釣具店:わかってはいたけど、更地に……。すぐ傍の電柱には「海抜3.3m」の表示板、そして近所には津波避難用のタワー。
  • バス停周辺、いい感じの板壁:なんとリフォーム中! あの板塀はなくなるのか、それとも……?
  • 安曇医院前の伊藤洋服店:閉店していました。

以下、ロケ地探訪のページには掲載しなかった写真をこちらに紹介。

道の駅・季楽里あさひ

道の駅・季楽里あさひ

いいおか潮騒ホテル前海岸の防波堤

いいおか潮騒ホテル前海岸の防波堤

リフォーム中の板壁

リフォーム中の板壁

嶋田釣具店ご主人のこと

2017年8月26日に、10年ぶりくらいに飯岡を訪ねた訳ですが。

その後の嶋田釣具店ご主人の消息を知ることができました。
飯岡町・ロケ地探訪 Cブロック」のページにも追記を掲載しましたが、ここではより詳しくご報告します。

玉崎神社前の菓子舗「辰野本店」さんからお聞きした情報です。

2011年の震災の折には、ご家族全員無事ではありましたが、その後程なくして、
「親御さんを相次いで亡くして……」
とのことでした。
ご主人の名前を出して再確認したところ、やはり亡くなられたのは、ご主人と奥さんのことのようでした。

現在、ご家族は高台の方に引っ越しされているとのこと。
辰野本店さんからは、大まかな場所についての話題を出してもらえましたが、あえて具体的な場所までは訊きませんでした。
本当はせめて線香の一本でも……と思いましたが、これまで散々お邪魔させていただき、この上さらに押しかけるようなことはできない……と思いました。
ご家族の了承も無しに、他の人から場所を聞き出すなんてことも控えたいですし。
ただ目を閉じて、心の中でご冥福を祈らせていただきました。

手元に残された、幾度にも渡る訪問時の、嶋田さんやご家族との写真は、もう二度と帰ってはこない往時をしのばせる宝物となりました。
ツーショット写真を撮ったり、満面の笑顔でメロンをごちそうになったり、秘蔵のスタッフ&キャストの色紙や当時の記念写真、台本を何度も見せていただいたり、そしてメロンをごちそうになったり、一緒に訪問した仲間たちと居間で集合写真を撮ったり、かつメロンをごちそうになったり。
1997年か98年頃の写真、それから最後に訪れた2006年の写真を改めて見比べると、ご主人と奥さん、確実に年齢を重ねていったことが伺えます。

具体的な年齢をお聞きしたことはありませんでしたが、戦前、中国の青島にいたことがあるとか。
考えてみれば、そのくらいのご高齢だったのですよね。
わたしが中国に滞在していた期間、その話を聞いていたこともあり、青島へ出向いた時はその風景を写真にとり、帰国後にお渡ししたような記憶があります。

時というのは、ゆっくりと確実に、しかし思いのほか早く流れてゆくものですね。

このファン・サイトの「飯岡町・ロケ地訪問」ページも、いつの日か、ロケ地訪問用としての資料よりも、『打ち上げ花火』撮影時(本編内の風景)各年代ごとの風景、そして現在の飯岡町を比較するための、「在りし日の飯岡町」を伝える形に重心をシフトしてゆくのかもしれません。
(このサイトが発足した20年くらい前から「飯岡駅」や「安曇医院」等、その傾向は始まっていましたが、歳月を重ねるごとに、徐々にそちらの方向へ傾いてゆかざるを得ないのかもしれません)

津波の残したもの

思えば、2011年の津波で嶋田釣具店が更地となって以来、わたしは多分、現実から目を背けていたのかもしれません。
そう実感したのが、先日11年ぶりに飯岡を訪れ、「それ」を目の当たりにした時のこと。

嶋田釣具店付近の海抜


釣具店があった場所を切ない気持ちで歩き回り、ふと上の方へ目をやると、
(立体駐車場かな……?)
違いました。
飯岡津波ひなんタワーと呼ばれる、震災後に建造された建物でした。

飯岡津波ひなんタワー01飯岡津波ひなんタワー01


幸いにも、死者は出なかったと聞きます。
が、嶋田釣具店だけではなく、あたりを見回せば、かつてあった筈の家屋のいくつかが、雑草の生い茂る更地となっていました。
安曇医院へ行く典道のシーンに映っていた背景の家も、その内の一つ。

地図上では、この場所は極めて海に近いとわかるのですが、実際に通りを見渡すと、建物が建ち並んでいて、かつてはそれは実感ができないでいました。
更地が出来てしまった今、浜辺はとても近い場所に見えます。

海抜表記は、飯岡町の至るところに設けられています。
三川小学校を見た後くらいから、唐突に目立つようになりました。
旧・飯岡荘(いいおか潮騒ホテル)の前のお祭り広場には、かつては存在しなかった白い塀が設けてあります。
変化しない景色など存在しませんが、震災はそれを大きく急激に変えました。

これまで何度も飯岡を見てきてよかったと思うとともに、この11年間、身動きがとれず訪れる機会を逸していたことを激しく後悔した一日となりました。

久々のサイト更新

管理人です。
かなり久しぶりにサイト内をいじりました。

前々から判ってはいたのです。
「このサイト、全面的に手直しが必要だぞ」
と。

情報は古いし、あちこちまずい部分があるし、内部構造も古いままで、かつ、HTMLタグの意味も使い方も判っていない素人時代のままの部分が多く残っているし。

とはいえ、一朝一夕に出来る作業ではないし、ふんぎりがつかないまま何年も経ってしまいました。
先日、アニメ版『打ち上げ花火、 下から見るか? 横から見るか?』を観に行った直後、
「ああ、やっぱりわたしは原作ドラマが大好きだし、なのにそのファン・サイトを放置しておくままというのはよくない!」
と奮起し、主な内容や基本デザインは形を残した上で、サイト全体の刷新をはかることを決めました。
ついでなので、アニメ版の感想のようなページも新規に設けて。

長々と書きましたが、要約すると、
「WEBサイトをいじるってのは、きっかけとテンションが必要なのだ!」
てことです。
ごめんなさい!