雑記|打ち上げ花火Personal Fan Page

後悔から生じる、わたしの「もしも」

池袋の「打ち上げ花火カフェ」で、
「もしよかったら、あなたの『もしも』を書いてみてください」
と店員さんに渡されたメモ用紙。
書いてからお店を出ると、それらがたくさん貼られている一角がありました。

打ち上げ花火カフェの「もしも」

「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」の重要なテーマの一つに、
「なぜあの時、自分はああしなかったのか」という後悔の気持ちがあると思います。

後悔というとネガティブな印象がありますが、
「もしもあの時……」という強い想いが、今後の人生をよりよくする強い原動力になる可能性を秘めているとも言えるので、
逆説的にはポジティブへつながる言葉といえなくもない気がします。

作中では、「Aパターン」の典道が「もし俺が勝っていれば……勝って、いれば……」と後悔します。
祐介も、アニメ版ではその後悔っぷりがクローズアップされています。
唯一、後悔しないよう果敢に行動したのが、なずなだったと思います。
たとえ結果が不首尾であろうとも、首尾よく行ったとしても、「それ」をすることによって何かが変わる訳ではないと承知しつつも。
もちろん、完全にふんぎりがついていた訳ではなかった故に「勝った方を誘おう(典道くんが勝つと思うけど)」という、自分の中の賭けをした訳だと思いますけどね。

————————————-

わたしの「もしも」は、やはり、しばらく飯岡から足が遠のいていたことですね。
最後に花火大会へ行った2006年以降から震災までの間に、行ける年はあっただろうか。

2007年は……やっぱり無理だったな……。フリーランスになる準備で忙しかったし、ちょうど今の会社に入る縁が生まれた時期にも重なってる。
2008年は……経済的に超逼迫していて、生活のことで必死だった!
2009年は……仕事関連で、そもそも海外にいたよ!
2010年は……そだ、2010年こそ、行けた筈じゃなかった!?
しかも、震災に遭ってしまう前の、最後のチャンスに。
ただ、東京から引っ越してしまっていて、かつ車も持っておらず、自由な行動はしづらかったけど。
レンタカーを借りてでも、わがままを通してでも、「行く!」と宣言して行動すべきだった。

震災直後の飯岡へ行けなかったのも、大きな後悔ポイント。
震災であわあわしている間に、このファンサイトの独自ドメインとサーバの契約更新をうっかり失念したのは痛かったけど、
それ以上に痛かったのが、
「被災した飯岡を、ちゃんとこの目で見届けなかった」ことだと思う。
現在の飯岡は、綺麗に整備されていますが、その当時のあちらこちらにはゴミとなってしまった様々なものが散らばっていたはずですし、津波の直撃を受けた建物は無残な姿をしていたはずです。
実際、先日の飯岡訪問では、津波の跡だったかもしれない黒ずみが、家の壁に残っていたり。

福島等の東北地方のみならず、千葉県のあの辺り一帯もまた津波の被災地だったことに気づいたのは、だいぶ時間が経ってからでした。
ネットのどこかで「岩井俊二監督が嶋田釣具店さんに安否の確認をして、大丈夫だった」という情報を得た時にはほっとしましたが、
いざ、グーグルマップで釣具店の場所を確認すると、更地に……うああぁぁ更地に……!!

以来、実際にその光景を見に行こうとふんぎりがつくまでに、6年もかかってしまいました。

わたしの「もしも、あの時……」

コメントを残す