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津波の残したもの

思えば、2011年の津波で嶋田釣具店が更地となって以来、わたしは多分、現実から目を背けていたのかもしれません。
そう実感したのが、先日11年ぶりに飯岡を訪れ、「それ」を目の当たりにした時のこと。

嶋田釣具店付近の海抜


釣具店があった場所を切ない気持ちで歩き回り、ふと上の方へ目をやると、
(立体駐車場かな……?)
違いました。
飯岡津波ひなんタワーと呼ばれる、震災後に建造された建物でした。

飯岡津波ひなんタワー01飯岡津波ひなんタワー01


幸いにも、死者は出なかったと聞きます。
が、嶋田釣具店だけではなく、あたりを見回せば、かつてあった筈の家屋のいくつかが、雑草の生い茂る更地となっていました。
安曇医院へ行く典道のシーンに映っていた背景の家も、その内の一つ。

地図上では、この場所は極めて海に近いとわかるのですが、実際に通りを見渡すと、建物が建ち並んでいて、かつてはそれは実感ができないでいました。
更地が出来てしまった今、浜辺はとても近い場所に見えます。

海抜表記は、飯岡町の至るところに設けられています。
三川小学校を見た後くらいから、唐突に目立つようになりました。
旧・飯岡荘(いいおか潮騒ホテル)の前のお祭り広場には、かつては存在しなかった白い塀が設けてあります。
変化しない景色など存在しませんが、震災はそれを大きく急激に変えました。

これまで何度も飯岡を見てきてよかったと思うとともに、この11年間、身動きがとれず訪れる機会を逸していたことを激しく後悔した一日となりました。

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